万歳からのぞきからくりまで 狂言師が実演する放浪芸

吉ぱん 村山ゆきこ・庄野真由子

※2006年頃 ※サイト開設当初の取材記事です

東京に来てからずっと気になっていたパン屋がある。2005年の春ごろだったと思う。BRUTUSという雑誌に、変わった職業の特集が組まれていた。その中に「吉ばん」とい脱OL2人組の移動パン屋さんが紹介されていた。せっかく東京に住んでるんやから、そのうち買いにいきたいな、と思っていた。
そんなわけで今回、仕事と実益を兼ねて取材を申し込んでみた。当サイトがかなり未完成な状態での依頼だったにも関わらず、快く引き受けてくださって恐縮する事しきりである。

「美大の空間演出デザイン学科っていう、ちょっと聞き慣れない学科に行ってたんですよ(笑)」
「私は心理学系の大学ですね。」
全く接点のない大学に通う2人が出会ったのは、吉祥寺にあるアルバイト先のイタリアンレストランだった。しかし学生時代はバイトばかりしていたという村山さん、サークルに入っておけばよかったと思う事はないのだろうか。
「そう思った事はないですねー。結構充実してましたよ、バイトがサークルみたいな感じで。今でもたまに連絡とったりしますね。」
そんな楽しいバイト先で、料理好きの2人が出会ったわけだ。2人でパンを食べに行ったり、パン屋めぐりをしたり。しかし、すぐに店を始めたわけではない。
「話が出たのは学校卒業して2年後ぐらいです。2年間は職を転々としてました。」
「私はずっとそこのイタリア料理屋で、これ(吉ぱん)を始める前ぐらいまではバイトを。楽しくて、そこでもうちょっと働きたいなっていうのがあって、あんまり就職活動もせずに…。」
飄々と語っているが、意外と大学で就活をしないというのは勇気のいる事である。実際私はかなり大学から文句を言われたものだ。きちんと腹が据わっていないと、うっかり就職しそうになってしまう(笑)
「私も言われました。周りはすごいやってたんですけどね。」

村山さんはOLを、庄野さんはアルバイトをしながらパンの教室に2年通った。そして3年が経ち、いよいよ吉ぱんが動き出す。
「その時ちょうどカフェが流行ってたんですよ、たしか。」
「ほんとは喫茶店みたいなお店をやりたかったんですけど、資金的な問題もあって。で、とりあえず早く始めたくて、少ない資金でも出来る移動販売をって事になりました。」
とにかく始める、動き出す、これはわかっててもなかなか実行するのは難しい。
「お金を貯めればちゃんとお店を出す事も出来たんでしょうけど、それでは余りにも時間がかかってしまうので。それよりかは早く始めたかったんで、小さい形でもよかったんです。」
何かをやろうとする時、十分な準備は必要だ。しかし大勢の人は、準備の途中で挫折する。それならば、まずは見切り発車でも、走り出す事が重要だ。では走り出してからの生活はどう変わったのか。
「今日だと大体6時ぐらいにから作り始めて、1時ぎりぎり、1時ちょっと前まで作っていて、それを車に乗せてきます。」
6時間以上パンを作って、さらにそれを自分達で売る。労働時間は10時間を越えるのではないだろうか。
「その日以外にも仕込みをしたりとかもありますし、また戻って片付けとか明日の準備とかもありますんで。」
しかも2人は吉ぱんの営業日以外はアルバイトをしている。

「最初はこれで始めて増やす予定だったんですけど、何か4日のペースがお互いよくて。でちょっとバイトして気分転換をしてまたこっちに集中っていう…こっちがもちろんメインなんですけど。それで週全部やるよりかは、バイトとかもして他の人に会ったり、違うとこに行くってのもいいのかなと。」
村山さんはデパ地下で販売を、庄野さんはホテルの宴会場でウエイトレスをしている。この辺りの心境は、私自身2足のわらじを履いているだけによくわかる。気持ちの切り替えを出来る場所があるといのは、非常に強い。しかし経験上、どうしても2足のわらじを履くと、時間的に余裕がなくなる。
「私は丸々1日の休みは基本的にはないですね。」
「私は1日だけは作ってます。」
やはり充実しているからこそ、多忙な中でもやっていけるのだろう。

しかし当然辛い事もあるはずだ。
庄野「最初の頃起きるのはすごい大変でした(笑)一番早くて4時半とかですから。」
「ごくたまに苦情とか来ると、やっぱりどかなきゃいけなかったり。後は天候ですね。雨降ったり雪降ったり、真夏の暑い日もありますし。」
それでも2人とも、辞めようと思ったりした事はないという。
「私はこれやってて色んな人に会えたりとか、そういう事が楽しいですね。 自分の作りたいものを割と作ってるので、それは楽しいです。誰かに言われて作ってるわけではなくて、自分たちで考えて作ったりとか、そういうのを作れて、それを食べて喜んでもらえて、うれしい」
「常連の顔見知りの人が増えて、色んな話、パンと関係ない話とかもできたり、小学生の男の子とかが、遊びに着たりとか。買いに来る以外でも、そういう出会いっていうか、もすごい多いんで、それが楽しいですね」
やはり根っからこの仕事が好きなようだ。それでも将来に対しての不安に襲われたり、眠れない夜を過ごす事はないのか、さらに聞いてみた。
庄野「布団に入ったらすぐに寝ちゃいますね。」
「ちゃんと目覚ましかけたかなって思うぐらい(笑)」
なるほど、あまりうじうじと思い悩まない。
「考えてもしょうがない事なので、だったらやって、行動起こさなきゃって感じですね」
その考えは、少しでも早く店を始めたくて移動販売を選んだ頃から今も変わらない。
今後吉ぱんはどういう道を進むのだろう。
「私は今年(2005年)いっぱいで辞めるんです。」
不覚にも取材当日まで知らなかった事実。
「大学の時の友達と、一緒に喫茶店のような事ができたらいいなと。今のところいつ開店するかはわからないですけど。」
では吉ぱんは?
「やってみないとわかんないですけど、少しぱんの種類を減らして、私は続けたいなと思ってます。1人で出来るようになってから次の事を考えます。」

※庄野さんは2007年7月に吉パンを閉店、そして村山さんは友人と喫茶店をなさっているようです。2009年1月現在

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