万歳からのぞきからくりまで 狂言師が実演する放浪芸

サラリーマン狂言師の放浪芸雑録 第6回 公演会 尾張万歳のすべて~門付け、法華経万歳から三曲万歳まで~

※本記事は2016年頃に『お豆腐通信』に執筆した記事のリライトです。


古典万歳と言われるものはその地域名を冠したものがほとんどで、各地に保存会があります。
その保存会の中でも現在最大級の勢力を誇る、
尾張万歳保存会について前回は書かせていただいたわけですが、
折しも今年の1月26日に大きな公演が行われましたので、はるばる尾張の地を訪ねてまいりました。


「公演会 尾張万歳のすべて~門付け、法華経万歳から三曲万歳まで」という大仰なタイトルですが、
この大仰なタイトルは、この公演にかける尾張万歳保存会の意気込みの表れでもあります。
それだけこの公演は、保存会にとって大きな意味を持ちます。

まず公演内容ですが、通例通り門付け万歳が客席より登場。
客席を一通り言祝(コトホ)いだ後、ステージに上り終了。

続いてはゲスト陣による獅子舞。
そして定番の御殿万歳…と言いたいところですが、ただの御殿万歳ではありませんでした。

御殿万歳自体は万歳の演目の中で最もメジャーで、非常にわかりやすく洗練されているのですが、
途中から常と異なる内容に!それは「お馬(ンマ)ばやし」というもので、
能の小書きをイメージしていただくとわかりやすいかも知れません。
つまり特殊演出です。万歳にもそういった替えの型のようなものがあるんですね。
これはその名の通り、馬に関する内容を入れ込んでいくわけですが、
他にもお茶に関する内容を入れ込むものがあったり、色々と種類はあるそうです。
そう言えば、と思い書棚の『大衆芸能資料集成』をめくってみると、ありましたありました。
「御酒ばやし」「蚕飼いばやし」「お金ばやし」「お船ばやし」「さかなばやし」、
本当にたくさんあります。
往時は、こういったものを地域や場の空気に合わせて、当意即妙に演じていたのでしょうね。

話はそれますが、この「つくしもの」というのは日本の芸能とは切っても切れないもので、
万歳に限らず狂言においても、
「魚説教」や「幼けしたるもの」がありますし、
阿呆陀羅経にも「ないないづくし」や「ぼうぼうづくし」、
漫才にも「かんかん問答」や「りん問答」など、枚挙に暇がありません。

さて、御殿漫才に続いては、法華経、六条、御城、神力万歳と続きます。
これが前回書きました、祝詞のような、何を言っているかわからない万歳です。
しかしながら、どれも保存会の若手がよく覚えて演じておりました。
あわや絶滅するところであった五万歳は、しっかりと次の世代へ引き継がれているようです。

そして友情出演の加賀万歳へと続きます。
こちらは古典演目と、お得意の新作演目を上演しておられました。
こちらの保存会は、
新作に横文字を入れたり、新幹線開業に合わせて新作を作ったりと、
大変意欲的なのですが、
今回の記事を書くにあたって色々と調べていたら、
iTunesでも音源の販売をされているようで、大変驚いた次第です。

ここで休憩を挟んで、
尾張万歳保存会会長と懇意の薬師寺管主山田氏(茂山家もお世話になっております)の講演、
最後に三曲万歳「忠臣蔵三段目」へと続きます。
しかしこれだけの大ボリューム、
時間の都合上仕方がないのは重々承知ですが、
三曲万歳「アイナラエ」がなかったのは、画竜点睛を欠くといったところでした。


ここに写っているのは全員「北川」さんなんですが、
真ん中にいらっしゃるのが、尾張万歳保存会会長北川幸太郎さんです。
そして、五代目長福太夫。


代々続く魚屋の店主でもあります。
これは明治時代にその魚屋で使われていた半被です。
今回の公演は保存会にとって大きな意味を持つと書きましたが、
それはこの北川さんが第一線を退かれる事を意味します。
もちろん万歳はお続けになるそうですが、これからは次の世代に道を譲ると。
そのための五万歳の若手への猛特訓でもあったわけです。
この、「次の世代へつなぐ」という事は本当に大変な事で、
能や狂言とは違う「雑」の芸能である万歳は、
ややともすれば本当にあっという間にこの世からなくなってしまいます。

各地の保存会が消えて行く中で、
ご自身の体が元気なうちにそのすべてを継ごうとする北川さんと、
それに応えようとする若者達。
本当にこの公演は大きな意義があったと思います。

そして公演後お話しさせていただいた中で北川さんは、
長福太夫の名は自分で最後にするとの事でした。
私のようなミーハーな考えの人間は、
名跡なんてあればあるだけよいのではないか、
などと思ってしまうのですが、
これからは「長福太夫」という人間ではなく「尾張万歳保存会」が尾張万歳を伝えていく、
と仰っておられました。
どちらを向いても名跡で溢れている古典芸能の世界において、
こういった決断というのは非常に衝撃的であると同時に、
北川さんの尾張万歳の未来にかける思いを垣間見た出来事でもありました。


打ち上げの席では、今後の活動について、大いに盛り上がりました。

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